2016年10月16日

植物と民俗:ねこじゃらしとつるまめ

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ねこじゃらしと野つるまめ

秋晴れのよい天気だったので、植物の写真をいろいろと撮りにいってきました。
草や植物のなりたちに触れるとき、ふと、この植物はどう生きたいのだろうか、考えることがあります。

ちょっと唐突な質問ですが、ねこじゃらしと野つるまめの共通点って何だと思いますか?

ともに、晩夏に野でみかける植物ですよね。ねこじゃらしは、そう、猫がじゃれつくあの植物。そして、野蔓豆はあまり聞いたことがないかもしれませんが、からすのえんどうのように、野に生えるマメ科の植物です。

ノツルマメ

ねこじゃらし

かわいいですよね。って思うのは私だけかな。

ツルマメはマメ科。遥か昔、日本書紀や古事記に記される五穀の作物、豆が生まれる前の原種だと言われています。

そして、ねこじゃらしは、本名、エノコログサ。イネ科エノコログサ属の植物です。そして、同じく、古代から五穀に数えられる粟の原種です。

世界では、主食とされる穀物は神々がもたらしたとされる神話が数多く存在します。
そんな中でも特にアジア、オセアニア地域にひろく共通する神話に、神の死体から作物の種が生まれたとするものがあり、「ハイヌヴェレ神話」(深い話になるのでつづきはWikipedia先生におまかせします。)と呼ばれたりもします。

作物は、子孫を残すために種となり活き続ける。
では、その元となる種はどこから生まれたのか。
卵が先か、鶏が先か。どこの世界でもその問題の行き着く先を神々に求めようとしてきたのですね。

日本では、稲、麦、粟、稗、豆を五穀と数えたり(日本書紀)、稗の代わりに、大豆、小豆と豆を二種類数えたりされることもあります(古事記)。

<五穀の原種と原産地>
稲:ルフィポゴン (東南アジア)
麦:一粒コムギ エンマーコムギ (中東あたり)
粟:ねこじゃらし (東アジアらへん)
稗:たぶんノビエの一種
大豆:ノツルマメ (東アジア)
小豆:ヤブツルアズキ(アジア)

※適当な書き方ですみません。詳しく知りたい場合は中尾佐助さんの「栽培作物の起源」がおすすめです。



原種作物の順化(ドメスティケーション)と伝播のお話

野菜や作物の起源は、そもそも、野に生える草でした。

人は、栽培に適したもの、毒がなくて、芒が少なくて、殻がやわらかくて食べやすい作物を何千年と時間をかけて選抜してきたのです。

これをドメスティケーション(直訳すると、家畜化された、飼いならされたとか訳される)なんて呼んだりします。

昔は、ニンジンやトマトといえば赤、なすびといえば紫でした。いまは、黄色とか黒とか、緑とか、いろんな色の野菜が品種改良で生まれていますが、それって、なにも新しいことではなく、むしろ起源をたどると古いものはもっとカラフルで、多様だったのです。

たとえばなすび、英語でegg plantといいますが、もともとは白。そして南米のトマト、中央アジアのニンジン、原産地に近いローカルの市場にはカラフルな野菜が並びます。

多様性の中心が起源地とされていて、伝播の流れで、原産地から離れるに従って単調な物になっていきます。(もちろん、この法則は品種改良技術がなかった昔のお話です。)

だけど、まさに起源の地よりも、周辺の方が面白いという説もあります。
起源地ではもう古くなり廃れてしまったものが、その周辺で受け継がれている場合もあります。お抹茶がそうです。宋の時代に伝わったお抹茶は、中国では姿を消し、固形の団茶になっていきます。それが日本では茶道という特殊な形で受け継がれてきました。
「起源の周辺」では、その作物がちょっと違う使われ方をしたり、また、新しい文化とあわさって、新しい物がうまれることもあるのですね。


なぜ原種か?

あずきや大豆の原種を育てていると、よく聞かれるのが、「それ、おいしいの?」
いや、実は、あまりおいしくないんです。

原種だから、有機だから、固定種だから安全とか、おいしいとかいうことではありません。

原種とか、在来種ってきくと、なんだか自然に優しくて、健康にもよさそうな響きがします。でも実際は、植物が大自然の中で生き抜くための防御反応として、トゲだったり、堅い殻だったり、有害物質をもっていたりします。

それを、無毒化したり、実が大きく、脱粒しにくいものを故意に選抜してきたのが今の作物。その順化の流れで、作物は人の手がなければ生きていけないものになりました。人に除草してもらわなければ、病気を治してもらわなければ、野生の植物にまけてしまいます。ひとは、作物から栄養をもらって生きていますが、作物もまた、人の手をかりていきているのです。

原種に近いものは、人の手をあまり必要としていません。原種をそだてるのは楽なのです。もちろん、原産国から遠い作物の原種は日本ではあまり育ちませんが。
つるまめやねこじゃらしなんて、何もしなくても育ちます。人間のためにいきてるんじゃなくて、ただ、そこにあるもの。その命をいただくということ、それが食べ物とひととの最初のかかわりだったのだと思います。



植物とひとと。

植物にはそれぞれの生存戦略があります。
集団で生きることを好む植物。
ひとりで生きる道を選ぶ植物。
風を友とする植物。
自分の一部を、鳥や虫たちとシェアすることで生存域をふやす植物。

ある植物はなぜ冬になると葉を落とすのか、どうして紅葉するのか、どんな形で越冬するのか。球根なのか、種なのか。

人と同じで植物にも個性があり、生き方があります。

関連記事:熊野・高野山への旅〜コウヤマキに生き方を学ぶ〜


人は、自分たちに有利な植物を選んできました。
でも、逆に見ると、果たして人間が選んで来たのか、それとも、植物が生きるために、人間を選んで来たのか、どっちなのでしょうか。

例えば、アブラナ科のキャベツ。種取りをするとき、結球したキャベツに切り込みをいれて、抽だいを助けてあげないといけません。養分をあげたり、虫をとったりしてあげるだけでなく、お産のお手伝いまでしてあげないといけないなんて、なんと、世話の焼ける作物でしょう。人間なんてまるで、産婆扱いではありませんか。

人の存在があるからこそ、種として確率してきた植物もあるわけです。
思えば、樹に寄生するランと同じようなもんではないですか?人間に労働させているなんて。ひとと順化された植物はある意味、持ちつ持たれつなように思います。

はじめにたべられるものとか、くすりになる植物を見つけた人ってすごいなあといつも思うのですが、野生の動物たちはだれに教えられるのではなく、知っています。
青虫はアブラナ科の葉っぱによくつきます。鳥やリスは食べられる木の実を知っています。鹿は、トリカブトの葉っぱをよけて草を食んでいます。

食べていいんだよ、毒があるから食べないで。野にはいるとき、そんな植物たちのメッセージを先人は聞いていたのかもしれません。


豆とねこじゃらし

まめとねこじゃらしのお話にもどります。

まず、作物の原種となる植物葉どう利用されてきたのでしょうか。

蔓マメ

ノツルマメ
学名: Glycine soja
分類: マメ科ダイズ属
分布: 中国、朝鮮、ロシア、日本

ツルマメはその名のとおり、蔓になります。
ヤブツル小豆もそうなのですが、もともとは大豆も小豆も、つる性だったのですね。


アイヌのツチマメ(エハ、アハともいう)は、土の中にできるマメなのですが、これもつる性です。

関連記事:アイヌのツチマメ(アハ豆)を収穫

マメ科の植物って、そのまま食べると有害なものがおおいのです。
例えば川魚をとるときに使われる魚毒。魚が失神するくらい強い物質です。
大豆を生でたべてはいけないといわれるのは、サポニンやレクチンといった物質が含まれているからです。

長い歳月をかけて受け継がれて来た民俗の知恵というものはすばらしいもので、無毒化する方法がいくつかあります。最たる物がフグの卵巣のぬか漬けなのですが、こちらはテーマがそれるので割愛。

<大豆の無毒化の方法>
・長時間水につける
・ローストする
・発酵させる

ダイズの使い道を見てみると、無毒化の方法によって多様な使われ方をしています。豆ほど多様な使われ方をする作物はないのではないでしょうか。

発酵  → 納豆、味噌、醤油、もろみ
ロースト→ きなこ
炊く  → 豆腐、豆乳、ゆば

豆はマメでも、原種は属によって原産国が異なるとされています。


<豆の産地>
インゲン → 南米
ササゲ  → アフリカ
大豆   → アジア

納豆の文化圏はけっこう広くて、東南アジアの山間地にいくといろんなタイプの納豆が伝わっています。

オススメの本
謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉 : 高野 秀行

それから豆腐については、日本の大豆文化を世界に広める活動をされているアメリカのSoy Infoの資料がおすすめ。

The Book of Tofu: William Shurtleff


ねこじゃらし

ねこじゃらし
本名: エノコログサ
学名: Setaria viridis
分類: イネ科 エノコログサ属
分布: 全世界の温帯

エノコとは子犬のことでエノコロというと、イヌのしっぽといういみなのだそう。それがなぜかねこがじゃれつく猫じゃらしになったんですねえ。

食べ方はこちらの本にのっています。
北海道大学出版会「雑穀の自然史 その起源と文化を求めて」
「雑穀の祖先、イネ科雑草の種子を食べる:採集・調整と調理・栄養」河合初子、山口裕文



粟とねこじゃらしの間の草を「いぬこ」と呼んでいるのを聞いて驚きました。粟とねこの間でいぬこなんですね。

村のおばあさんによると、粟といぬこを見分けるのはちょっと大変だそうで、いぬこはあまり美味しくないから生えてきたらすぐ取り除くのだそうです。

関連記事:農ある暮らしを訪ねる旅(6)静岡葵区の焼畑を訪ねて


粟にはいろんな形態があります。
枝分かれしたサルデアワ、猫の指のようにさきっぽが分かれたネコアシ、赤色、黄色。



沖縄や台湾の原住民族、東南アジアの山岳民族たちのお祭りには、粟の種を播くお祭りが伝わっています。
ルカイ族の粟

ねこじゃらし

原種をたどる旅

わたしは5年ほどまえから、作物の原種をたどる旅をしている。
それは、ルーツを探す旅。

つかわれなくなった遺伝子は、どこかでひっそりと受け継がれる。それは、不必要なものかもしれない。

キャベツのように、人が必要としてきたもの、利用できるものは、生きていくために人間のお世話を必要として来ました。選抜の中で見捨てられ、不必要とされてきた植物は、むしろ人の世話を必要とせず、ただそこに存在している。
かれらが存在するのは、ひとから必要とされるためにあるのではなく。ただそこにある。

それで、いいじゃないのか。
意味を探す必要があるのだろうか。

わたしは飼いならされたものではなく、ただただ、そこに存在しているものの生き方が気になるのかもしれない。

2 件のコメント :

  1. 家には、けっこう美味しそう?な、エノコロが育っています。スズメが食べに来ます。
    まだトライしてませんが、米と混ぜて食べてみようかと思ってます!

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  2. とりのさとZ2016/11/07 7:21

    原種を探す旅、面白かったです。古い本ですが、「野菜探検隊アジア大陸縦横無尽」(中古で入手できる)などで、野菜の原種を知りました。上の参考書の河合初子さんは大阪で農業高で教えています。私のマイミク(mixiの友人)です。

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