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2016年10月16日
植物と民俗:ねこじゃらしとつるまめ
ねこじゃらしと野つるまめ
秋晴れのよい天気だったので、植物の写真をいろいろと撮りにいってきました。
草や植物のなりたちに触れるとき、ふと、この植物はどう生きたいのだろうか、考えることがあります。
ちょっと唐突な質問ですが、ねこじゃらしと野つるまめの共通点って何だと思いますか?
ともに、晩夏に野でみかける植物ですよね。ねこじゃらしは、そう、猫がじゃれつくあの植物。そして、野蔓豆はあまり聞いたことがないかもしれませんが、からすのえんどうのように、野に生えるマメ科の植物です。
かわいいですよね。って思うのは私だけかな。
ツルマメはマメ科。遥か昔、日本書紀や古事記に記される五穀の作物、豆が生まれる前の原種だと言われています。
そして、ねこじゃらしは、本名、エノコログサ。イネ科エノコログサ属の植物です。そして、同じく、古代から五穀に数えられる粟の原種です。
世界では、主食とされる穀物は神々がもたらしたとされる神話が数多く存在します。
そんな中でも特にアジア、オセアニア地域にひろく共通する神話に、神の死体から作物の種が生まれたとするものがあり、「ハイヌヴェレ神話」(深い話になるのでつづきはWikipedia先生におまかせします。)と呼ばれたりもします。
作物は、子孫を残すために種となり活き続ける。
では、その元となる種はどこから生まれたのか。
卵が先か、鶏が先か。どこの世界でもその問題の行き着く先を神々に求めようとしてきたのですね。
日本では、稲、麦、粟、稗、豆を五穀と数えたり(日本書紀)、稗の代わりに、大豆、小豆と豆を二種類数えたりされることもあります(古事記)。
<五穀の原種と原産地>
稲:ルフィポゴン (東南アジア)
麦:一粒コムギ エンマーコムギ (中東あたり)
粟:ねこじゃらし (東アジアらへん)
稗:たぶんノビエの一種
大豆:ノツルマメ (東アジア)
小豆:ヤブツルアズキ(アジア)
※適当な書き方ですみません。詳しく知りたい場合は中尾佐助さんの「栽培作物の起源」がおすすめです。

原種作物の順化(ドメスティケーション)と伝播のお話
野菜や作物の起源は、そもそも、野に生える草でした。
人は、栽培に適したもの、毒がなくて、芒が少なくて、殻がやわらかくて食べやすい作物を何千年と時間をかけて選抜してきたのです。
これをドメスティケーション(直訳すると、家畜化された、飼いならされたとか訳される)なんて呼んだりします。
昔は、ニンジンやトマトといえば赤、なすびといえば紫でした。いまは、黄色とか黒とか、緑とか、いろんな色の野菜が品種改良で生まれていますが、それって、なにも新しいことではなく、むしろ起源をたどると古いものはもっとカラフルで、多様だったのです。
たとえばなすび、英語でegg plantといいますが、もともとは白。そして南米のトマト、中央アジアのニンジン、原産地に近いローカルの市場にはカラフルな野菜が並びます。
多様性の中心が起源地とされていて、伝播の流れで、原産地から離れるに従って単調な物になっていきます。(もちろん、この法則は品種改良技術がなかった昔のお話です。)
だけど、まさに起源の地よりも、周辺の方が面白いという説もあります。
起源地ではもう古くなり廃れてしまったものが、その周辺で受け継がれている場合もあります。お抹茶がそうです。宋の時代に伝わったお抹茶は、中国では姿を消し、固形の団茶になっていきます。それが日本では茶道という特殊な形で受け継がれてきました。
「起源の周辺」では、その作物がちょっと違う使われ方をしたり、また、新しい文化とあわさって、新しい物がうまれることもあるのですね。
いや、実は、あまりおいしくないんです。
原種だから、有機だから、固定種だから安全とか、おいしいとかいうことではありません。
原種とか、在来種ってきくと、なんだか自然に優しくて、健康にもよさそうな響きがします。でも実際は、植物が大自然の中で生き抜くための防御反応として、トゲだったり、堅い殻だったり、有害物質をもっていたりします。
それを、無毒化したり、実が大きく、脱粒しにくいものを故意に選抜してきたのが今の作物。その順化の流れで、作物は人の手がなければ生きていけないものになりました。人に除草してもらわなければ、病気を治してもらわなければ、野生の植物にまけてしまいます。ひとは、作物から栄養をもらって生きていますが、作物もまた、人の手をかりていきているのです。
原種に近いものは、人の手をあまり必要としていません。原種をそだてるのは楽なのです。もちろん、原産国から遠い作物の原種は日本ではあまり育ちませんが。
つるまめやねこじゃらしなんて、何もしなくても育ちます。人間のためにいきてるんじゃなくて、ただ、そこにあるもの。その命をいただくということ、それが食べ物とひととの最初のかかわりだったのだと思います。
植物とひとと。
植物にはそれぞれの生存戦略があります。
集団で生きることを好む植物。
ひとりで生きる道を選ぶ植物。
風を友とする植物。
自分の一部を、鳥や虫たちとシェアすることで生存域をふやす植物。
ある植物はなぜ冬になると葉を落とすのか、どうして紅葉するのか、どんな形で越冬するのか。球根なのか、種なのか。
人と同じで植物にも個性があり、生き方があります。
秋晴れのよい天気だったので、植物の写真をいろいろと撮りにいってきました。
草や植物のなりたちに触れるとき、ふと、この植物はどう生きたいのだろうか、考えることがあります。
ちょっと唐突な質問ですが、ねこじゃらしと野つるまめの共通点って何だと思いますか?
ともに、晩夏に野でみかける植物ですよね。ねこじゃらしは、そう、猫がじゃれつくあの植物。そして、野蔓豆はあまり聞いたことがないかもしれませんが、からすのえんどうのように、野に生えるマメ科の植物です。
| ノツルマメ |
| ねこじゃらし |
かわいいですよね。って思うのは私だけかな。
ツルマメはマメ科。遥か昔、日本書紀や古事記に記される五穀の作物、豆が生まれる前の原種だと言われています。
そして、ねこじゃらしは、本名、エノコログサ。イネ科エノコログサ属の植物です。そして、同じく、古代から五穀に数えられる粟の原種です。
世界では、主食とされる穀物は神々がもたらしたとされる神話が数多く存在します。
そんな中でも特にアジア、オセアニア地域にひろく共通する神話に、神の死体から作物の種が生まれたとするものがあり、「ハイヌヴェレ神話」(深い話になるのでつづきはWikipedia先生におまかせします。)と呼ばれたりもします。
作物は、子孫を残すために種となり活き続ける。
では、その元となる種はどこから生まれたのか。
卵が先か、鶏が先か。どこの世界でもその問題の行き着く先を神々に求めようとしてきたのですね。
日本では、稲、麦、粟、稗、豆を五穀と数えたり(日本書紀)、稗の代わりに、大豆、小豆と豆を二種類数えたりされることもあります(古事記)。
<五穀の原種と原産地>
稲:ルフィポゴン (東南アジア)
麦:一粒コムギ エンマーコムギ (中東あたり)
粟:ねこじゃらし (東アジアらへん)
稗:たぶんノビエの一種
大豆:ノツルマメ (東アジア)
小豆:ヤブツルアズキ(アジア)
※適当な書き方ですみません。詳しく知りたい場合は中尾佐助さんの「栽培作物の起源」がおすすめです。

原種作物の順化(ドメスティケーション)と伝播のお話
野菜や作物の起源は、そもそも、野に生える草でした。
人は、栽培に適したもの、毒がなくて、芒が少なくて、殻がやわらかくて食べやすい作物を何千年と時間をかけて選抜してきたのです。
これをドメスティケーション(直訳すると、家畜化された、飼いならされたとか訳される)なんて呼んだりします。
昔は、ニンジンやトマトといえば赤、なすびといえば紫でした。いまは、黄色とか黒とか、緑とか、いろんな色の野菜が品種改良で生まれていますが、それって、なにも新しいことではなく、むしろ起源をたどると古いものはもっとカラフルで、多様だったのです。
たとえばなすび、英語でegg plantといいますが、もともとは白。そして南米のトマト、中央アジアのニンジン、原産地に近いローカルの市場にはカラフルな野菜が並びます。
多様性の中心が起源地とされていて、伝播の流れで、原産地から離れるに従って単調な物になっていきます。(もちろん、この法則は品種改良技術がなかった昔のお話です。)
だけど、まさに起源の地よりも、周辺の方が面白いという説もあります。
起源地ではもう古くなり廃れてしまったものが、その周辺で受け継がれている場合もあります。お抹茶がそうです。宋の時代に伝わったお抹茶は、中国では姿を消し、固形の団茶になっていきます。それが日本では茶道という特殊な形で受け継がれてきました。
「起源の周辺」では、その作物がちょっと違う使われ方をしたり、また、新しい文化とあわさって、新しい物がうまれることもあるのですね。
なぜ原種か?
あずきや大豆の原種を育てていると、よく聞かれるのが、「それ、おいしいの?」いや、実は、あまりおいしくないんです。
原種だから、有機だから、固定種だから安全とか、おいしいとかいうことではありません。
原種とか、在来種ってきくと、なんだか自然に優しくて、健康にもよさそうな響きがします。でも実際は、植物が大自然の中で生き抜くための防御反応として、トゲだったり、堅い殻だったり、有害物質をもっていたりします。
それを、無毒化したり、実が大きく、脱粒しにくいものを故意に選抜してきたのが今の作物。その順化の流れで、作物は人の手がなければ生きていけないものになりました。人に除草してもらわなければ、病気を治してもらわなければ、野生の植物にまけてしまいます。ひとは、作物から栄養をもらって生きていますが、作物もまた、人の手をかりていきているのです。
原種に近いものは、人の手をあまり必要としていません。原種をそだてるのは楽なのです。もちろん、原産国から遠い作物の原種は日本ではあまり育ちませんが。
つるまめやねこじゃらしなんて、何もしなくても育ちます。人間のためにいきてるんじゃなくて、ただ、そこにあるもの。その命をいただくということ、それが食べ物とひととの最初のかかわりだったのだと思います。
植物とひとと。
植物にはそれぞれの生存戦略があります。
集団で生きることを好む植物。
ひとりで生きる道を選ぶ植物。
風を友とする植物。
自分の一部を、鳥や虫たちとシェアすることで生存域をふやす植物。
ある植物はなぜ冬になると葉を落とすのか、どうして紅葉するのか、どんな形で越冬するのか。球根なのか、種なのか。
人と同じで植物にも個性があり、生き方があります。
関連記事:熊野・高野山への旅〜コウヤマキに生き方を学ぶ〜
人は、自分たちに有利な植物を選んできました。
でも、逆に見ると、果たして人間が選んで来たのか、それとも、植物が生きるために、人間を選んで来たのか、どっちなのでしょうか。
例えば、アブラナ科のキャベツ。種取りをするとき、結球したキャベツに切り込みをいれて、抽だいを助けてあげないといけません。養分をあげたり、虫をとったりしてあげるだけでなく、お産のお手伝いまでしてあげないといけないなんて、なんと、世話の焼ける作物でしょう。人間なんてまるで、産婆扱いではありませんか。
人の存在があるからこそ、種として確率してきた植物もあるわけです。
思えば、樹に寄生するランと同じようなもんではないですか?人間に労働させているなんて。ひとと順化された植物はある意味、持ちつ持たれつなように思います。
はじめにたべられるものとか、くすりになる植物を見つけた人ってすごいなあといつも思うのですが、野生の動物たちはだれに教えられるのではなく、知っています。
青虫はアブラナ科の葉っぱによくつきます。鳥やリスは食べられる木の実を知っています。鹿は、トリカブトの葉っぱをよけて草を食んでいます。
食べていいんだよ、毒があるから食べないで。野にはいるとき、そんな植物たちのメッセージを先人は聞いていたのかもしれません。
豆とねこじゃらし
まめとねこじゃらしのお話にもどります。
まず、作物の原種となる植物葉どう利用されてきたのでしょうか。
蔓マメ
ノツルマメ
学名: Glycine soja
分類: マメ科ダイズ属
分布: 中国、朝鮮、ロシア、日本
ツルマメはその名のとおり、蔓になります。
ヤブツル小豆もそうなのですが、もともとは大豆も小豆も、つる性だったのですね。
アイヌのツチマメ(エハ、アハともいう)は、土の中にできるマメなのですが、これもつる性です。
関連記事:アイヌのツチマメ(アハ豆)を収穫
マメ科の植物って、そのまま食べると有害なものがおおいのです。
例えば川魚をとるときに使われる魚毒。魚が失神するくらい強い物質です。
大豆を生でたべてはいけないといわれるのは、サポニンやレクチンといった物質が含まれているからです。
長い歳月をかけて受け継がれて来た民俗の知恵というものはすばらしいもので、無毒化する方法がいくつかあります。最たる物がフグの卵巣のぬか漬けなのですが、こちらはテーマがそれるので割愛。
<大豆の無毒化の方法>
・長時間水につける
・ローストする
・発酵させる
発酵 → 納豆、味噌、醤油、もろみ
ロースト→ きなこ
炊く → 豆腐、豆乳、ゆば
豆はマメでも、原種は属によって原産国が異なるとされています。
<豆の産地>
インゲン → 南米
ササゲ → アフリカ
大豆 → アジア
納豆の文化圏はけっこう広くて、東南アジアの山間地にいくといろんなタイプの納豆が伝わっています。
オススメの本
謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉 : 高野 秀行
それから豆腐については、日本の大豆文化を世界に広める活動をされているアメリカのSoy Infoの資料がおすすめ。
The Book of Tofu: William Shurtleff
ねこじゃらし
ねこじゃらし
本名: エノコログサ
学名: Setaria viridis
分類: イネ科 エノコログサ属
分布: 全世界の温帯
エノコとは子犬のことでエノコロというと、イヌのしっぽといういみなのだそう。それがなぜかねこがじゃれつく猫じゃらしになったんですねえ。
食べ方はこちらの本にのっています。
北海道大学出版会「雑穀の自然史 その起源と文化を求めて」
「雑穀の祖先、イネ科雑草の種子を食べる:採集・調整と調理・栄養」河合初子、山口裕文
粟とねこじゃらしの間の草を「いぬこ」と呼んでいるのを聞いて驚きました。粟とねこの間でいぬこなんですね。
村のおばあさんによると、粟といぬこを見分けるのはちょっと大変だそうで、いぬこはあまり美味しくないから生えてきたらすぐ取り除くのだそうです。
関連記事:農ある暮らしを訪ねる旅(6)静岡葵区の焼畑を訪ねて
粟にはいろんな形態があります。
枝分かれしたサルデアワ、猫の指のようにさきっぽが分かれたネコアシ、赤色、黄色。
沖縄や台湾の原住民族、東南アジアの山岳民族たちのお祭りには、粟の種を播くお祭りが伝わっています。
それは、ルーツを探す旅。
つかわれなくなった遺伝子は、どこかでひっそりと受け継がれる。それは、不必要なものかもしれない。
キャベツのように、人が必要としてきたもの、利用できるものは、生きていくために人間のお世話を必要として来ました。選抜の中で見捨てられ、不必要とされてきた植物は、むしろ人の世話を必要とせず、ただそこに存在している。
かれらが存在するのは、ひとから必要とされるためにあるのではなく。ただそこにある。
それで、いいじゃないのか。
意味を探す必要があるのだろうか。
わたしは飼いならされたものではなく、ただただ、そこに存在しているものの生き方が気になるのかもしれない。
人は、自分たちに有利な植物を選んできました。
でも、逆に見ると、果たして人間が選んで来たのか、それとも、植物が生きるために、人間を選んで来たのか、どっちなのでしょうか。
例えば、アブラナ科のキャベツ。種取りをするとき、結球したキャベツに切り込みをいれて、抽だいを助けてあげないといけません。養分をあげたり、虫をとったりしてあげるだけでなく、お産のお手伝いまでしてあげないといけないなんて、なんと、世話の焼ける作物でしょう。人間なんてまるで、産婆扱いではありませんか。
人の存在があるからこそ、種として確率してきた植物もあるわけです。
思えば、樹に寄生するランと同じようなもんではないですか?人間に労働させているなんて。ひとと順化された植物はある意味、持ちつ持たれつなように思います。
はじめにたべられるものとか、くすりになる植物を見つけた人ってすごいなあといつも思うのですが、野生の動物たちはだれに教えられるのではなく、知っています。
青虫はアブラナ科の葉っぱによくつきます。鳥やリスは食べられる木の実を知っています。鹿は、トリカブトの葉っぱをよけて草を食んでいます。
食べていいんだよ、毒があるから食べないで。野にはいるとき、そんな植物たちのメッセージを先人は聞いていたのかもしれません。
まめとねこじゃらしのお話にもどります。
まず、作物の原種となる植物葉どう利用されてきたのでしょうか。
蔓マメ
ノツルマメ
学名: Glycine soja
分類: マメ科ダイズ属
分布: 中国、朝鮮、ロシア、日本
ツルマメはその名のとおり、蔓になります。
ヤブツル小豆もそうなのですが、もともとは大豆も小豆も、つる性だったのですね。
関連記事:アイヌのツチマメ(アハ豆)を収穫
マメ科の植物って、そのまま食べると有害なものがおおいのです。
例えば川魚をとるときに使われる魚毒。魚が失神するくらい強い物質です。
大豆を生でたべてはいけないといわれるのは、サポニンやレクチンといった物質が含まれているからです。
長い歳月をかけて受け継がれて来た民俗の知恵というものはすばらしいもので、無毒化する方法がいくつかあります。最たる物がフグの卵巣のぬか漬けなのですが、こちらはテーマがそれるので割愛。
<大豆の無毒化の方法>
・長時間水につける
・ローストする
・発酵させる
ダイズの使い道を見てみると、無毒化の方法によって多様な使われ方をしています。豆ほど多様な使われ方をする作物はないのではないでしょうか。
ロースト→ きなこ
炊く → 豆腐、豆乳、ゆば
豆はマメでも、原種は属によって原産国が異なるとされています。
インゲン → 南米
ササゲ → アフリカ
大豆 → アジア
納豆の文化圏はけっこう広くて、東南アジアの山間地にいくといろんなタイプの納豆が伝わっています。
オススメの本
謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉 : 高野 秀行
それから豆腐については、日本の大豆文化を世界に広める活動をされているアメリカのSoy Infoの資料がおすすめ。
The Book of Tofu: William Shurtleff
ねこじゃらし
ねこじゃらし
本名: エノコログサ
学名: Setaria viridis
分類: イネ科 エノコログサ属
分布: 全世界の温帯
エノコとは子犬のことでエノコロというと、イヌのしっぽといういみなのだそう。それがなぜかねこがじゃれつく猫じゃらしになったんですねえ。
食べ方はこちらの本にのっています。
北海道大学出版会「雑穀の自然史 その起源と文化を求めて」
「雑穀の祖先、イネ科雑草の種子を食べる:採集・調整と調理・栄養」河合初子、山口裕文
粟とねこじゃらしの間の草を「いぬこ」と呼んでいるのを聞いて驚きました。粟とねこの間でいぬこなんですね。
村のおばあさんによると、粟といぬこを見分けるのはちょっと大変だそうで、いぬこはあまり美味しくないから生えてきたらすぐ取り除くのだそうです。
関連記事:農ある暮らしを訪ねる旅(6)静岡葵区の焼畑を訪ねて
粟にはいろんな形態があります。
枝分かれしたサルデアワ、猫の指のようにさきっぽが分かれたネコアシ、赤色、黄色。
沖縄や台湾の原住民族、東南アジアの山岳民族たちのお祭りには、粟の種を播くお祭りが伝わっています。
| ルカイ族の粟 |
| ねこじゃらし |
原種をたどる旅
わたしは5年ほどまえから、作物の原種をたどる旅をしている。それは、ルーツを探す旅。
つかわれなくなった遺伝子は、どこかでひっそりと受け継がれる。それは、不必要なものかもしれない。
キャベツのように、人が必要としてきたもの、利用できるものは、生きていくために人間のお世話を必要として来ました。選抜の中で見捨てられ、不必要とされてきた植物は、むしろ人の世話を必要とせず、ただそこに存在している。
かれらが存在するのは、ひとから必要とされるためにあるのではなく。ただそこにある。
それで、いいじゃないのか。
意味を探す必要があるのだろうか。
わたしは飼いならされたものではなく、ただただ、そこに存在しているものの生き方が気になるのかもしれない。
2016年10月10日
植物と民俗:花梨
屋敷林と果樹
民家のそばの平野にこんもりと盛り上がった森を見たことはありませんか?それは、ヤシキリン(屋敷林)と言われるもので、季節風が通り抜ける北側には防風林が植えられました。東北ではイグネ、富山ではカイニョと呼ばれたりもします。
屋敷のまわりには、防風や防火のための木だけでなく、燃料となる樹、飢饉に備えて食べられる果樹も植えられました。柿、栗、そして、家の周りの垣根と、畑の境にはお茶の樹、日本海側ではポポーが植えられるおうちも多い。それから、和蠟燭の原料となるハゼも換金作物として中山間地域では勧奨されたようです。
ヤシキリンは地域によって多様な樹が植えられ、風土が育んで来た景観。
樹々のさえずりとともに目を覚まし、お庭になる木の実をそっといただく。
パーマカルチャーなんて言葉が流行る前から、里山の中で自然と受け継がれて来た知恵なんですね。
カリンの起源
前置きが長くなりました。
花梨もそんな常備果樹のひとつ。ほんのり甘い香りがするその樹は、田舎に行くとおうちのまわりに植えられていることがあります。
英語ではChinese quince、学名 Chaenomeles sinensis。
ちなみに、学名でsinensisとつくものは、ラテン語で中国産ということ。
その起源は古く、中国では、2000年前から薬用植物として屋敷に植えられていたそうです。李時珍の「本草綱目」には、「木瓜には咳止め、利尿作用、鎮痛作用がある」という記述があります。
日本に伝わったのは平安時代にさかのぼり、弘法大師が持ち帰ったとされています。
弘法大師が持ち帰ったとされる作物って、調べてみるとけっこうあるので本当かどうかはわかりませんが・・・。起源の古い植物を見ると、平安貴族もこうやってこの果樹を鑑賞したのかなあとつい想いを馳せ、不思議な気分になります。
とにかく、始めは薬用として中国から持ち込まれた花梨ですが、江戸時代には一般に広まっていたようです。
植物の起源をたどるとき、各地の方言を探していくととても面白いのですが、クワズナシ、ボケナシ、カリントーなどと呼ばれている地域もあるようです。たしかに、そのままじゃ食べられない。クワズ○○(クワズイモなど)とか、イヌ○○と呼ばれてるの植物があればたいがい食べられないです。
日本語で花梨とは梨の花と書きますが中国語では「木瓜」、つまり、木瓜と書いて「ボケ」とも読みますが、分類によるとカリンもバラ科ボケ属の一種と数えられることがあります。本草綱目では、ボケに似るが、榠楂木(カリン)の実は、大きくて黄色いとあります。
![]() |
| カリンの花(引用:神戸市立森林植物園HPより) |
榠楂木、葉、花、實酷類木瓜,但比木瓜大而黃色。辨之惟看蒂間別有重蒂如乳者為木瓜,無此則榠楂也。可以進酒去痰。(「本草綱目」より引用)
カリンと民俗
ところで、花梨、別名クワズナシと称されるだけあって、生では堅いし渋いし、とてもたべられたもではありません。でも、加熱すると、あら不思議。柔らかく甘くなるので不思議です。
中国の辞書にも、煮て食べろとあります。
漢方の属性で言うと、寒熱は平性、潤、収、五味は酸、渋。
砂糖漬けにして咳止めとして古くから重宝されてきました。
10月〜12月上旬頃、田舎の朝市にいくと売られていることも。
いくつかお部屋においておくだけでしばらくはよい香りが楽しめます。
その後は、ハチミツに漬けておくと長期間保存がきくので、常備薬としています。
民俗の知恵って、馬鹿にならないのですよ。
「可以進酒去痰」、古くから言われている民間療法なのですが、花梨には、抗酸化作用のあるビタミンCやタンニン、サポニンなどがふくまれている他、種に含まれるアミグダリンは煎じると咳止め作用がある成分に変わるということがわかってきています。
そもそも、薬は、マラリアのキニーネにしても、柳から生まれたアスピリンにしても、植物から成分を抽出されることが始まりでした。今は、石油などから科学的に作り出せるのだそうですが、そのヒントはやはり、植物にあると言います。
では、さらに時代を遡り、神農とよばれる伝説の老人が伝えたという民間療法は、いったいどうやって始まったのでしょうか。
植物と民間伝承、人が野に暮らし、生きてきた歴史の物語に想いを馳せる秋の夜長でした。
☆カリンの利用方法☆
ハチミツ漬け(砂糖漬け)、ジャム、薬酒
※ジャムにするにはかなり時間がかかります。
やっぱり、漬け込みが簡単でおすすめかな。
☆参考文献☆
果物ナビ
2016年5月17日
熊野・高野山への旅〜コウヤマキに生き方を学ぶ〜
変わらないという自由
主に関西でお供えに使われるコウヤマキ。お大師様が、派手な花を使わないよう、コウヤマキをお供えするように言われたそうです。高野山には保安林があり、コウヤマキが群生している。露天では、お供え物として、また、苗木も販売される。
この木が世界的に見ても貴重なものだと初めて知りました。

第三紀、インド、アフリカプレートが移動し、ヒマラヤ山脈ができたころ、ヨーロッパにも分布していたというコウヤマキは、化石としてみられるのみ。こうやって生きている植物としては、日本と済州島の一部でしか見られないそうです。
学名 Sciadopitys verticillata
マツ目コウヤマキ科コウヤマキ属
1科1属1種、コウヤマキのみ、枝分かれもなく、単独で存在している。
驚くべきことに、化石としてのこるDNAとほとんど変わっていないようです。

コウヤマキぼっくり

植物は、動物と違って動けない。だからこそ、環境の変化には敏感だ。
鹿に食べられないように、虫に食べられないように、日陰になっても、洪水が起きても生き残れるように。DNAは変化し、生きのびるための知恵を遺伝子に刻んでいく。
ある者は、食害に対抗するために毒をもつ。
ある者は、鳥に種を遠くに運んでもらうために美味しい果実を実らせる。
ある者は、集団で生きることを好み、ある者は、単独で生きることを好む。
生きる環境を変えるために動ける動物よりも、植物はよっぽど表現が多様で個性的だ。
そのなかで変わらないものがいるとしたらよっぽど頑固だ。
驚くべきことに、化石としてのこるDNAとほとんど変わっていないようです。

コウヤマキぼっくり

植物は、動物と違って動けない。だからこそ、環境の変化には敏感だ。
鹿に食べられないように、虫に食べられないように、日陰になっても、洪水が起きても生き残れるように。DNAは変化し、生きのびるための知恵を遺伝子に刻んでいく。
ある者は、食害に対抗するために毒をもつ。
ある者は、鳥に種を遠くに運んでもらうために美味しい果実を実らせる。
ある者は、集団で生きることを好み、ある者は、単独で生きることを好む。
生きる環境を変えるために動ける動物よりも、植物はよっぽど表現が多様で個性的だ。
そのなかで変わらないものがいるとしたらよっぽど頑固だ。
絶滅の道をたどろうと、何千年でもまつ。また環境がかわって、生きれるようになるまで。それでも、変わらずにいるメリットはなんだろうか。
自分がかわるのではなく、世の中がかわるのをひたすら待っている。
影になったのなら、覆い被さってる大木がやがて枯れて、光がさすまで何千年でも待ってる。そしたらやがて、自分の芽が光に届く。
コウヤマキはいっさい変わないという自由な生き方をしているように思う。
コウヤマキは、世界中で絶滅したまさに生きた化石。
高野山六木(ヒノキ・スギ・モミ・ツガ・アカマツ・コウヤマキ)のひとつ、
なぜ、高野山には群生しているのか、高野山大学の方に聞いてみました。
昔は、全国にあったコウヤマキは、建材として使われたりして絶えてしまった。
高野山は、聖地となり、いまでも私有地がなく、木を切ってはいけないとされている。
標高が高いのでもともと針葉樹が多く、800年前とかわらない六木が今でもある、とのことでした。
奥の院へと続く道には、思わず息をのむ針葉樹の森が広がっていました。


仕事柄、海外の方とお話することが多い。日本人は聞かないようなことを聞かれたりする。当たり前にそこにあるものについて、深く考えるきっかけをもらった。
「まっすぐに伸びる木を初めて見た。」
針葉樹が素晴らしく美しいと釘付けのフランス人。
人工林のスギ・ヒノキは花粉症になるばかりで、田舎じゃ植えたはいいけど搬出もできないやっかいものだったりする。
でもそれが、独特の景観を作っていたり、自然と人が生きた接点だったり、森林セラピーとして重宝されていたり。
そしてなにより、まっすぐにのびる木は美しい。
広葉樹は広葉樹のいいところがあって、針葉樹にもそれぞれ役割がある。
森という字は、よくみると、上には横に長い木が、左下には縦長の木、そして右下の木は、正方形。それぞれ育つ環境が違う木がそれぞれの個性を表現して森になるのだそう。
広葉樹の森が好きだったけど、どこまでもまっすぐに伸びる針葉樹が美しいと思えた。

日本社会では、空気の読めないやつはKYだと言われる。
ひたすら型に押し込めて、背の高さを合わせて、標準値からはずれないように。
流通の都合にあうように、箱のサイズにきっちり野菜を育てることが美とされる。
長過ぎたり、短すぎたりすると、規格外で値がつかない。
でも、森の木や自然は、そんな基準なんておかまいなしに自分が生きる基準をつくってる。
大きな木の幹を住処にするラン。
よりかかってよじ上っていくツタ。
この植物はどう生きたいのか。
それぞれの個性的な生き方がおもしろい。

空気を読むことが美徳とされる世界よりも、空気を読まなくてもよい空気が私は好きだ。
今年、10年勤めた仕事を辞めた。大きな機械のねじをつくるよりも、小さくても真っ白なキャンパスに絵を描いてみたかった。
オランダをはじめ、海外の生活では、ひとりひとりが何かのスペシャリストであるように求められた。人がどういっているかではなく、前例がどうだったかではなく、自分はどうしたいのかが問われた。
自分がかわるのではなく、世の中がかわるのをひたすら待っている。
影になったのなら、覆い被さってる大木がやがて枯れて、光がさすまで何千年でも待ってる。そしたらやがて、自分の芽が光に届く。
コウヤマキはいっさい変わないという自由な生き方をしているように思う。
世界中で絶滅したコウヤマキはなぜ高野山に群生しているのか。
コウヤマキは、世界中で絶滅したまさに生きた化石。
高野山六木(ヒノキ・スギ・モミ・ツガ・アカマツ・コウヤマキ)のひとつ、
なぜ、高野山には群生しているのか、高野山大学の方に聞いてみました。
昔は、全国にあったコウヤマキは、建材として使われたりして絶えてしまった。
高野山は、聖地となり、いまでも私有地がなく、木を切ってはいけないとされている。
標高が高いのでもともと針葉樹が多く、800年前とかわらない六木が今でもある、とのことでした。
奥の院へと続く道には、思わず息をのむ針葉樹の森が広がっていました。


外国人に学ぶ針葉樹の美しさ
仕事柄、海外の方とお話することが多い。日本人は聞かないようなことを聞かれたりする。当たり前にそこにあるものについて、深く考えるきっかけをもらった。
「まっすぐに伸びる木を初めて見た。」
針葉樹が素晴らしく美しいと釘付けのフランス人。
人工林のスギ・ヒノキは花粉症になるばかりで、田舎じゃ植えたはいいけど搬出もできないやっかいものだったりする。
でもそれが、独特の景観を作っていたり、自然と人が生きた接点だったり、森林セラピーとして重宝されていたり。
そしてなにより、まっすぐにのびる木は美しい。
広葉樹は広葉樹のいいところがあって、針葉樹にもそれぞれ役割がある。
森という字は、よくみると、上には横に長い木が、左下には縦長の木、そして右下の木は、正方形。それぞれ育つ環境が違う木がそれぞれの個性を表現して森になるのだそう。
広葉樹の森が好きだったけど、どこまでもまっすぐに伸びる針葉樹が美しいと思えた。

空気を読むということ。
日本社会では、空気の読めないやつはKYだと言われる。
ひたすら型に押し込めて、背の高さを合わせて、標準値からはずれないように。
流通の都合にあうように、箱のサイズにきっちり野菜を育てることが美とされる。
長過ぎたり、短すぎたりすると、規格外で値がつかない。
でも、森の木や自然は、そんな基準なんておかまいなしに自分が生きる基準をつくってる。
大きな木の幹を住処にするラン。
よりかかってよじ上っていくツタ。
この植物はどう生きたいのか。
それぞれの個性的な生き方がおもしろい。

空気を読むことが美徳とされる世界よりも、空気を読まなくてもよい空気が私は好きだ。
今年、10年勤めた仕事を辞めた。大きな機械のねじをつくるよりも、小さくても真っ白なキャンパスに絵を描いてみたかった。
オランダをはじめ、海外の生活では、ひとりひとりが何かのスペシャリストであるように求められた。人がどういっているかではなく、前例がどうだったかではなく、自分はどうしたいのかが問われた。
だけど、日本に帰って来たとき、自分の領域がなかった。規格に前例に縛られ、箱に押し込められるのが息苦しかった。
ちっちゃなことかもしれないけれど、自分にとっては大きな転機だった。
ちっちゃなことかもしれないけれど、自分にとっては大きな転機だった。
でも、やめてみたら、やっぱりちっちゃなことだった。
「よく清水の舞台から飛び降りたね」と昔を知る仲間からは多々言われる。
でも、飛び降りたという感覚はない。
むしろ、飛び立ったのだと思っている。
合わせなくてもよいのだよ、自分は自分でよいのだよ。
コウヤマキが語りかける自分であるということ。
この高野山の空気が清々しい。
今日は長くなりました。
高野山大学にて。すこし、密教のことを勉強して来ました。
民俗学をやっていると、自然観と民俗の生業、そして植物のこと、食のこと、いろんなことが信仰が起源になっていることがおおい。
「よく清水の舞台から飛び降りたね」と昔を知る仲間からは多々言われる。
でも、飛び降りたという感覚はない。
むしろ、飛び立ったのだと思っている。
合わせなくてもよいのだよ、自分は自分でよいのだよ。
コウヤマキが語りかける自分であるということ。
この高野山の空気が清々しい。
今日は長くなりました。
高野山大学にて。すこし、密教のことを勉強して来ました。
民俗学をやっていると、自然観と民俗の生業、そして植物のこと、食のこと、いろんなことが信仰が起源になっていることがおおい。
宿坊の方や高野山大学の方にはいろんなことを教えていただきました。
この間、いろんな旅をしてきて、見て来たことをちょっとづつ、書いていけたらなあと思う。
チベット僧がつくってくれたという砂で描かれた曼荼羅

2015年8月9日
暮らしの技術を学ぶ(2)おばあちゃんの植物学
更新がすっかりおくれてしまいましたが、
聞き書き部、丹後合宿2日目。
植物を生活に取り入れた暮らしを90歳のおばあちゃんから学ぶ旅でした。

以前、ブータンで暮らしていた頃、シャーマンから薬草学を学んだ少女から、植物と人のかかわりについて学んでいました。帰国してからも、古老の知恵に興味をもち、山で採集しているおばあちゃんをみるとつい話しかけてはお話を聞いています。
聞き書き部、丹後合宿2日目。
植物を生活に取り入れた暮らしを90歳のおばあちゃんから学ぶ旅でした。

以前、ブータンで暮らしていた頃、シャーマンから薬草学を学んだ少女から、植物と人のかかわりについて学んでいました。帰国してからも、古老の知恵に興味をもち、山で採集しているおばあちゃんをみるとつい話しかけてはお話を聞いています。
この方はすごい!ぜひお会いしてもらいたい、と紹介していただき、一緒に山に入らせてもらったのがこの記事。
あれから2年がたち、ふたたび、同じ場所でちおりさんに再会しました。
最近、足が悪くなってあまり山にいかなくなったと聞いていたのですが、相変わらずのスピードで歩き回ってはお目当ての野草を探し出し、ほんとに話がとまらない。ほっとしました。
ギボウシ。
これは、茎を干してかんぴょうのようにして保存食にする。

またたび
またたびは、葉っぱのうらが白いので、夏の山によく映え、すぐにみつかります。
まだ小さい

ハゼ。和蠟燭に使われていたもの。
以前、ハゼの実を絞っていた蔵で、学芸員さんのお話を聞きながら見学させてもらったことがありましたが、ハゼの実は、江戸時代に丹後半島で植林が進められ、ろうそくの他に灯し油としても使われていたのだそうです。
伊根町でハゼ蔵見学ツアーを企画したときの記事です。
http://slow-ine.jp/ハゼ蔵

クロモジ
茶菓子の楊枝につかわれるくろもじ。
名のとおり、茎が黒いのですぐわかります。
匂いもとってもいいです。
お茶にも使われていて、島根では「ふくぎ茶」という名でうられています。

合歓の葉は虫除けに。
コウゾは紙の原料としても使われるけど、夏に赤い実をつけて、おやつになる。
土手によくみかけるイタドリは、「すかんぽ」といって、ちょっと酸っぱい夏の飲み物。
そして、山に育ついたどりは、木のようにおおきくなり、空洞の幹を乾燥させると杖にもなるすぐれもの。
さっそく、イタドリで杖を作ってみました。

写真は、ないですが、ガマズミ、イワカガミ、ツクバネソウ、オカトラノオなど山野草もいろいろ見に行きましたよ。
ちおりさんは、野のものをつかった生け花や野点を実践されています。
次回の野点会にはぜひ参加させてもらいたいなあとおもいます。
次回の聞き書き部学習会は、アドバイザーの先生方におすすめいただき、
おじいちゃん、おばあちゃんの手仕事を教えておられる足助屋敷へいってまいります。
前回記事:
暮らしの技術を学ぶ(1)鮎を泳がせる。
ギボウシ。
これは、茎を干してかんぴょうのようにして保存食にする。

またたび
またたびは、葉っぱのうらが白いので、夏の山によく映え、すぐにみつかります。
まだ小さい

ハゼ。和蠟燭に使われていたもの。
以前、ハゼの実を絞っていた蔵で、学芸員さんのお話を聞きながら見学させてもらったことがありましたが、ハゼの実は、江戸時代に丹後半島で植林が進められ、ろうそくの他に灯し油としても使われていたのだそうです。
伊根町でハゼ蔵見学ツアーを企画したときの記事です。
http://slow-ine.jp/ハゼ蔵

クロモジ
茶菓子の楊枝につかわれるくろもじ。
名のとおり、茎が黒いのですぐわかります。
匂いもとってもいいです。
お茶にも使われていて、島根では「ふくぎ茶」という名でうられています。

合歓の葉は虫除けに。
コウゾは紙の原料としても使われるけど、夏に赤い実をつけて、おやつになる。
土手によくみかけるイタドリは、「すかんぽ」といって、ちょっと酸っぱい夏の飲み物。
そして、山に育ついたどりは、木のようにおおきくなり、空洞の幹を乾燥させると杖にもなるすぐれもの。
さっそく、イタドリで杖を作ってみました。

写真は、ないですが、ガマズミ、イワカガミ、ツクバネソウ、オカトラノオなど山野草もいろいろ見に行きましたよ。
ちおりさんは、野のものをつかった生け花や野点を実践されています。
次回の野点会にはぜひ参加させてもらいたいなあとおもいます。
おじいちゃん、おばあちゃんの手仕事を教えておられる足助屋敷へいってまいります。
前回記事:
暮らしの技術を学ぶ(1)鮎を泳がせる。
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2014年10月19日
アイヌのツチマメ(アハ豆)を収穫
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ツチマメ(マメ科ヤブマメ属)
学名: Amphicarpaea bracteata ssp. edgeworthii var. japonica
アイヌ語: アハ, エハ ahá
英語:hog-peanut
中国語:两型豆
*********************************************
Tsuchimame, or Aha bean (hog peanuts in English) is cultivated by Ainu people (minority tribe in Japan) with 2 types of pods; under-ground and above-ground beans.
地下につく豆は、地上のよりも大きくて、生で食べるか、雑穀のようにご飯と炊いて食べたり、むかごのように油で揚げてもおいしそうです。
アイヌのひとたちは、「アハ」と呼び、春になると、雪解けの土のなかからツチマメを採集して食べたといいます。
under-ground pods are bigger than above-ground, and eaten by boiling with rice, or fried.
Ainu harvested Aha beans from the soil at the time of melting snow in spring.
ネイティブアメリカンも、地下の豆を食べる習慣があるようです。
http://www.ibiblio.org/pfaf/cgi-bin/arr_html?Amphicarpaea+bracteata
地上にできる鞘には、小さなタネが4〜5個入っています。
4-5 seeds are in the above-ground pods.
どうして、2種類のタネができるんでしょうか?
why does this crop have 2 types of pods?
想像するに、じゃがいもと同じで、栄養生殖で増える芋と、花が枯れた後にできる実かな、と思ったのですが、土の中にできる豆も、イモではなく、花が咲いた後にできる実なんですね。
調べてみると、地下にもぐる花は、自殖性(交雑しない)、
そして、地上の花は、他殖性(交雑する)なのだそうです。
Under-ground flower is self pollinated, and above-ground flower is cross-pollinated.
2 types of reproductive functions enhance adoptability to the changes of the environment,
and also genetic purity.
2つの生殖システムを使い分けることで、
自分の遺伝子の純度を保ちながらも、
あらゆる環境に対応できるよう、
地上にも花をつけるのでしょうか。
興味深い植物です。
※育て方:
春にタネ撒いて、秋に実ができます。
けっこう蔓がいろんなとこにのびていくので、注意。
そのまま土の中で冬越しして、翌春に収穫。
比較的、日陰でもよく育ちます。
参考文献:
知里真志保「分類アイヌ語辞典植 物篇」
福岡イト子「アイヌ植物誌」
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2014年10月13日
農ある暮らしを訪ねる旅(8)京都の世屋集落に伝わる雑穀と暮らしの技術を学ぶ
京都の秘境、宮津市世屋の雑穀ツアーにいってきました。
夜は、上世屋に泊まり込みで里山伝承技術の勉強会でした。

葉っぱビジネスの産地や無農薬米の田んぼをみて回り、夜も雑穀や藤織の講義。
春に雑穀ミュージアムを開催した時は、ちっちゃな古民家に150名の来客があり、飲食もやってたのでてんやわやで、交流を楽しむ余裕がなかったので、今回あらためて色んな人のお話をじっくり聞けて良かったです。
夜は世屋高原しおぎり荘で宿泊し、雑穀研究会の竹井先生、藤織保存会の井之本さんの講演がありました。雑穀研究会と藤織保存会はともに、約30年前にできた団体で、お米の勉強会とも歳が近い。
1972年ローマクラブが「成長の限界」を発表し、消費者運動や環境保護活動が高まっていく・・・そんな時代にできた団体が、今なお、持続した取り組みを続けられている。
思えば、私が生まれた頃から活動されているのだなあとしみじみ思いながらお話を聞かせてもらいました。
茅葺古民家の集落には、在来の雑穀やこんにゃく、小豆、そば、そして紙漉きに使うトロロアオイや楮が自給用にほんのちょっとづつ育てられています。
四季を通じて自給できるように多様な作物が植えられているのですね。中には工芸作物や、儀式に使うものも。

稲木に3段おきに掛けられた稲穂の段数で収量を計算。

クマザサは丹茅葺に使う必需品。

雑穀あるところに焼畑あり。そば殻でこんにゃくを炊く灰をとり、柿渋やガマを漁具に利用する・・・
植物と人のかかわりを全体で捉えるともっとおもしろいものです。
雑穀のほかにも、藤の蔓から糸をとって織る「藤布」が途絶えることなく今に伝えられているのは全国的にも珍しい。
2日目は、藤織伝承館を見学しました。
1980年代に作成された藤織の記録ビデオを視聴しました。
藤織は、絶えてないとされていた幻の技術。
木に登り藤蔓をを採集して、繊維をつくるのです。
その昔。万葉集で粗栲とよばれ、貴族たちは藤衣を喪服にしたといいます。
潮にも強い藤布は、海辺では海女の袋に使われていました。
海女たちは、藤布と交換するために1日あるいて世屋の山里へやってきたのだそうです。
北海道の村では、衣服を織るのに、オヒョウの木の皮を剥ぐ。
山梨早川町でも、藤織の伝承が残り、出作り小屋で、焼き畑をし、雑穀粒をおとすときに張る幕は、藤織で作られています。
大塔、天川、雑穀の名所は、やっぱり、焼き畑をしている。
雑穀の背景には、焼き畑があって、藤織についても、焼き畑のやってるところとかぶっている。
雑穀、焼き畑、藤織、山の文化が複合的に重なってくるのですね。
昭和37年、その幻の藤布が、丹後の集落で受け継がれていることが判明。
藤織保存会 30年前からおばあちゃんたちに教えてもらって技術を伝承されています。
毎年7回、土日泊まり込みで学習できる藤布の学校は、北海道や沖縄からも参加者があると言います。
今回のツアーでは、そんな伝承技術を学び、受け継ぎたいと、都会から移住された夫妻のお話も聞くことができました。
今回参加できなかった方も、もし時間があればぜひ一緒に、衣食住を自給する技術を学びににいきましょう。
<オススメ> 世屋の写真集
井之本泰「ヨイショ ヨイショ~チコちゃんの四季~」
雑穀みゅーじあむHP
http://millet-museum.tumblr.com
夜は、上世屋に泊まり込みで里山伝承技術の勉強会でした。

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春に雑穀ミュージアムを開催した時は、ちっちゃな古民家に150名の来客があり、飲食もやってたのでてんやわやで、交流を楽しむ余裕がなかったので、今回あらためて色んな人のお話をじっくり聞けて良かったです。
夜は世屋高原しおぎり荘で宿泊し、雑穀研究会の竹井先生、藤織保存会の井之本さんの講演がありました。雑穀研究会と藤織保存会はともに、約30年前にできた団体で、お米の勉強会とも歳が近い。
1972年ローマクラブが「成長の限界」を発表し、消費者運動や環境保護活動が高まっていく・・・そんな時代にできた団体が、今なお、持続した取り組みを続けられている。
思えば、私が生まれた頃から活動されているのだなあとしみじみ思いながらお話を聞かせてもらいました。
茅葺古民家の集落には、在来の雑穀やこんにゃく、小豆、そば、そして紙漉きに使うトロロアオイや楮が自給用にほんのちょっとづつ育てられています。
四季を通じて自給できるように多様な作物が植えられているのですね。中には工芸作物や、儀式に使うものも。

稲木に3段おきに掛けられた稲穂の段数で収量を計算。

クマザサは丹茅葺に使う必需品。

雑穀あるところに焼畑あり。そば殻でこんにゃくを炊く灰をとり、柿渋やガマを漁具に利用する・・・
植物と人のかかわりを全体で捉えるともっとおもしろいものです。
雑穀のほかにも、藤の蔓から糸をとって織る「藤布」が途絶えることなく今に伝えられているのは全国的にも珍しい。
2日目は、藤織伝承館を見学しました。
1980年代に作成された藤織の記録ビデオを視聴しました。
藤織は、絶えてないとされていた幻の技術。
木に登り藤蔓をを採集して、繊維をつくるのです。
その昔。万葉集で粗栲とよばれ、貴族たちは藤衣を喪服にしたといいます。
潮にも強い藤布は、海辺では海女の袋に使われていました。
海女たちは、藤布と交換するために1日あるいて世屋の山里へやってきたのだそうです。
北海道の村では、衣服を織るのに、オヒョウの木の皮を剥ぐ。
山梨早川町でも、藤織の伝承が残り、出作り小屋で、焼き畑をし、雑穀粒をおとすときに張る幕は、藤織で作られています。
大塔、天川、雑穀の名所は、やっぱり、焼き畑をしている。
雑穀の背景には、焼き畑があって、藤織についても、焼き畑のやってるところとかぶっている。
雑穀、焼き畑、藤織、山の文化が複合的に重なってくるのですね。
昭和37年、その幻の藤布が、丹後の集落で受け継がれていることが判明。
藤織保存会 30年前からおばあちゃんたちに教えてもらって技術を伝承されています。
今回参加できなかった方も、もし時間があればぜひ一緒に、衣食住を自給する技術を学びににいきましょう。
<オススメ> 世屋の写真集
井之本泰「ヨイショ ヨイショ~チコちゃんの四季~」
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http://millet-museum.tumblr.com
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2014年7月20日
伊吹山麓の薬草村を訪ねて(1)暮らしに根付いた薬草文化
伊吹山の麓にその薬草村はありました。
見渡す限りの段々茶畑。
徳島の天空の村訪問に続いて、茶に縁があるようです。
茶のあるところに、こんにゃくあり、と言われますが、炭焼き、養蚕文化は全国の山村文化に共通していますね。特にこの地域ならではの生業には、薬草文化があります。
| 在来のヤマチャ畑。茶畑以外の土地を「タダバタ」と区別して呼ぶ。山奥の「ミヤマ」と家の近くの常畑「キューバヤシ」の間にある「ムツシ」では、焼畑が営まれていた。 |
薬草村の歴史 history of plant medicine
伊吹山はかねてより、花崗岩が薬草の自生に適していたこと、木本がほとんど蔓延っていないことから、世界でもめずらしく約280種類の薬草が自生していると言われています。
ここに住んだ人たちが薬草とかかわってきた歴史も長く、古くは、壬申の乱で敗れ、自殺した大津の皇子(弘文天皇)の妃と御子が落ち延びたとされるその里には、内裏の医学知識が伝えられてきたといいます。
そして、時代をさらに進むこと、戦国時代、織田信長はポルトガル宣教師に作らせた薬草園は、伊吹山付近にあったのだそうです。
そんな伊吹のひとたちの普段の暮らしの中には、今でも伝統医学の知恵が息づいているのでした。
昭和初期、それまで生業としていた製茶や養蚕、炭焼きが衰退したとき、漢方薬の生産組合ができ、豊かな資源を新たなナリワイとしていこうという動きが加速されたようですが、商売にするという意識よりも、家庭の薬箱としてお庭や、「出作」とよばれる伊吹山の麓に開墾した畑でそだてられてきました。
暮らしの一部として当たり前に使ってこられた地域の薬草文化が、いま和のハーブとして注目されています。
家庭の薬箱 kitchen pharmacy
タネができるまでに3年の歳月がかかるため、根こそぎとることなく、タネが落ちてから刈り取る。
すると、順繰りにあたらしい芽が生まれ変わる。
ちょうど「どくだみ」を干しておられました。
薬草は、有効成分にもよりますが、紫外線に弱いフラボンを含むものは特に陰干し、肉厚な葉は、日干ししてからしおれたら取り入れて陰干しにするのだそう。
家のまわりには、ほかにも、メギ、キハダ、ギボウシ、ゲンノショウコ、コンブリ(アサツキ)、シシウド、ウツボグサ、アマチャ、ナツメ、ミョウガ、サンショウ・・・
植えられているのか、自然に育っているのか、先祖代々受け継がれてきた多様な植物がありました。
「押し切」とよばれる野草の裁断機は、各家庭に1台はあるという・・・
お茶、入浴剤につかう薬草は、8~10種類ブレンドされる。
「伊吹百草」は伊吹の名産ですが、たくさんの薬草がブレンドされたもの。
各家庭によって、季節によっても内容は変わってくる。
メギ。鬼皮をはぐと、アマ皮はウコンのような黄色をしていて、とても苦く、胃腸に効く。
するどいトゲから、地元では「トリトマラズ」と呼ばれているそうです。
道沿いに咲くカワミドリ。薬効が高く、薬事法で規制されているほどだというが、さりげなく道端に生えている。
伊吹ジャコウソウ
西洋ハーブでは、タイム。
わざわざ西洋から取り寄せなくても、日本ならではの豊かな和のハーブがたくさん。
郷土料理にも利用される薬草。
冬の間雪で閉ざされるこの地域では、乾燥させて裁断、または粉末にし、保存するか、焼酎漬け、もしくは塩蔵にして、冬の間の食事としてきたそうです。
と訪ねると、ふつうに家庭で食べてきた郷土料理ですよ、ということでした。
ほんとうに素晴らしいお料理でした。
今回の旅は、伊吹和ハーブ塾のフィールドツアーで訪問しました。
HP http://form.wa-herb.com/wa-herb_ni_fureru/
前回記事:
農ある暮らしを訪ねる旅(5)天空集落で受け継がれる「タネ採り文化」
ブータンの山村集落をたずねて・・・(3)照葉樹林文化とブータンの農耕
ブータンの山村集落へ農と暮らしをたずねて・・・(4)伝統医術を学んだ少女
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